獄中47年・袴田巖死刑囚に再審無罪を!


THE HAKAMADA CASE
ENZAI             袴田巖さんの再審を求める会

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 袴田巖さんが警察に逮捕されたのは1966(昭和41)年8月18日のことです。この日の早朝、捜査員に任意出頭を求められた袴田さんはこれに応じました。そして、清水警察署での任意の取調べで犯行を否認していた袴田さんに対し、警察は午後7時32分、強盗殺人・放火・窃盗容疑の逮捕状を執行し逮捕したのです。
 その後、警察と検察は計45通の自白調書を作成し裁判所に証拠として提出します。裁判所はそれらを一旦証拠採用しましたが、結局確定判決(第1審静岡地裁判決)では9月9日付で検察が作成した自白調書(9・9検察官調書)以外の44通の自白調書については任意性がないとして職権で証拠から排除しました。
 しかし、裁判所が唯一証拠採用した9・9検察官調書には本当に証拠能力・証拠価値があるのでしょうか。無実の人でも取調べの状況次第で簡単に自白してしまうことがあることは今や刑事司法や心理学の専門家の間では常識となっており、誤判を避けるためには自白について特に慎重に検討しなければなりません。


1.9・9検察官調書に任意性はあるのか?

 8月18日に逮捕されてからも袴田さんは犯行を否認し続けました。しかし勾留期限が切れる3日前の9月6日午前10時過ぎ、一転自白を始めたとされています。そして警察と検察は9月9日の起訴までに11通、起訴後10月13日までに34通、合計45通もの自白調書を袴田さんから取り付けます。しかし、これらの自白は以下で説明するとおり任意になされたもの(袴田さんの自由な意思に基づいてなされたもの)とは到底言えません。

(1) 警察による拷問的な取調べ
 先ずは下表を見て下さい。

月日 警察・検察取調べ時間 弁護人接見時間
8月18日 13時間08分
19日 10時間30分
20日 9時間23分
21日 7時間05分
22日 12時間11分 7分
23日 12時間50分
24日 12時間07分
25日 12時間25分
26日 12時間26分
27日 13時間17分
28日 12時間32分
29日 6時間55分 10分
30日 12時間48分
31日 11時間32分
9月 1日 13時間18分
2日 11時間15分
3日 11時間50分 15分
4日 16時間20分
5日 12時間50分
6日 14時間40分
7日 11時間30分
8日 12時間45分
9日 14時間00分

 この表は、袴田さんが任意出頭した8月18日から起訴された9月9日までに袴田さんに対して警察・検察が行なった取調べ時間などを表したものです。袴田さんへの取調べは、残暑厳しい中、冷房設備などない清水警察署の代用監獄で、1日平均12時間、最長16時間20分に及びました。一方でこの間の弁護人の接見は合計3回、時間にしてわずか32分間だけという有様でした。

 また、当時の新聞には「記者座談会」と題して次のような記事が掲載されています。
――逮捕されて後の取り調べでは毎夜何時ころまで行われたのか。
D記者:早くても11時ころ、遅いときは午前零時を過ぎる時もあったようだ。ことに拘置の切れる前の数日間の追及は必死だった。
――捜査につぎ込んだ人数もばく大だと思うが……
C記者:延べで5千人を上回ったという。
――取り調べでも最後には難事件を手がけたことのある捜査畑の先輩を繰り込んだようだが……
A記者:かつて捜査一課のベテランだった羽切天竜署次長や小倉三島署刑事課長が応援にかけつけた。捜査畑をはなれた一署の次長が事件の応援にかけつけるという例は珍しい。それだけ難事件だったわけだ。
(1966年9月12日静岡新聞朝刊)

 この記事にある羽切天竜署次長とは、拷問による取調べと証拠のデッチ上げで悪名高い紅林麻雄警部(幸浦事件・二俣事件・小島事件など静岡県内で発生した数々の冤罪事件の捜査に深く関与した警察官)のかつての部下で、死刑冤罪事件の島田事件では捜査主任として直接捜査に関わり、無実の赤堀政夫さんに虚偽の自白をさせた羽切平一警視のことです。この羽切警視らが袴田さんの取調べに加わった後に、それまで犯行を一切否認していた袴田さんが自白に転じている事実は、その後に袴田さんがした一連の自白の任意性を判断する上で見過ごすことはできません。

 また、袴田さんは取調べ中自由にトイレに行くことも許されず、取調室に便器を持ち込み、取調官の面前で用便させていたことも明らかになっており、取調べの時間のみならず、その方法・状況を見ても、袴田さんの自白が任意になされたものでないことは明らかです。公判中の1968年2月に警察が作成した内部文書「清水市横砂会社重役宅一家4名殺害の強盗殺人.放火事件捜査記録」には次のような記述もあり、警察が如何に袴田さんの自白獲得に執念を燃やしていたかがわかります。
8月29日静岡市内の本件警察寮芙蓉荘において本部長、刑事部長、捜一、鑑識両課長をはじめ清水署長、刑事課長、取調官による検討会を開催し、取調官から取調の経過を報告させ、今後の対策を検討した結果、袴田の取調べは情理だけでは自供に追込むことは困難であるから取調官は確固たる信念を持って、犯人は袴田以外にはない、犯人は袴田に絶対間違いないということを強く袴田に印象づけることにつとめる。

 こうした取調べの実態を裁判所も無視できず、確定判決では警察が作成した28通すべての自白調書について、「外部と遮断された密室での取調自体のもつ雰囲気の特殊性をもあわせて考慮すると、被告人の自由な意思決定に対して強制的・威圧的な影響を与える性質のものであるといわざるをえない。(中略)何れも『自由で合理的な選択』にもとずく自白と認めるのは困難」として自白の任意性を認めず証拠能力を否定しました。

(2) 裁判所による苦し紛れの認定
 確定判決は、起訴後に検察が作成した16通の自白調書についても、「『勾留中の被告人の取調』が任意捜査であるための何れの要件も充たしていない。(中略)適正手続の保障をを定めた憲法第31条にも違反する取調である」と述べて職権で証拠から排除しましたが、9・9検察官調書だけは次の理由を挙げて任意性ありとしました。
①検察官の取調べ時に警察官は立ち会っていない。
②検察官は袴田さんに対し警察と検察の違いを説明し、警察での供述内容にこだわる必要はない旨注意して取調べを行なったが、袴田さんは「私がやりました」と述べている。
③検察官は取調べ時に警察が作成した自白調書を参考にしたり机の上に置いたりしていない。
④検察官は取調べ時に袴田さんに暴行や脅迫などを加えていない。

 しかし、9月9日の取調べ状況は下表のとおりでした。

時間帯 実施者 場所 裁判所の認定
午前中 警察官 清水警察署第1取調室 自白に任意性なし
14:00~19:00 検察官 清水警察署第2取調室 自白に任意性あり
19:30~21:30 検察官 清水警察署第2取調室
深夜 警察官 清水警察署第1取調室 自白に任意性なし

清水警察署第2取調室
 これを見れば明らかなように、9・9検察官調書が作成された前後には、警察による取調べが同じ清水警察署内で行われています。仮に裁判所が認定するように検察官の取調べ時に警察官が立ち会っておらず、また暴力や脅迫などの行為がなかったとしても、そのあとに警察による拷問的な取調べが待っていると思えば、精神的・肉体的疲労がピークに達していた袴田さんが否認に転じることなどほとんど不可能であったことは容易に想像できます。また、検察官が取調べにあたってそれまでに警察によって作成された自白調書を参考にしないなどということも到底信じられません。

 検察官の法廷での証言を無批判に信用し、客観的な取調べ状況から常識的に推認される事実を合理的な理由もなく無視する確定判決のこれらの杜撰な認定からは、袴田さんの自白調書45通全てを証拠から排除してしまうと袴田さんを有罪にすることが難しくなるとの判断から、9・9検察官調書の任意性を苦し紛れに認めたことは歴然でしょう。


2.9・9検察官調書に信用性はあるのか?

 9・9検察官調書によれば、袴田さんは事件全体について事細かに自白しており、確定判決は争点ごとに検討した上で袴田さんの自白の信用性を認めています。しかし、客観的事実・科学的知見・経験則などに照らして検討してみると、9・9検察官調書の内容はとても信用できるものでないことがわかります。

(1) 自白内容の変転
 例えば犯行動機については、袴田さんが母親と子供の3人で暮らすアパートを借りる金が欲しかったからとされています。その動機自体に多くの疑問があり信用できませんが(⇒動機)、さらにその疑問を大きくさせるのは、袴田さんが自白を始めた9月6日から9・9検察官調書が作成されるまでの3日ほどの間に、動機が以下のように日替わりで不自然に変転しているからです。
9月6日 ⇒ 不倫関係にあった専務の奥さんから、家を新築したいから強盗が入ったように見せかけて焼いてほしいと頼まれたため。
9月7日 ⇒ 専務の奥さんとの不倫関係が専務にバレてしまったので、専務と話をつけるため。
9月8日 ⇒ 母親と子供の3人で暮らすアパートを借りる金が欲しかったため。

 もし9・9検察官調書に信用性があるとすれば、このように動機が変転しているのは、袴田さんが当初嘘をついていたと考えるほかありません。供述心理の専門家によれば、人が嘘をつく場合には必ず理由があるとされているので、もし袴田さんが動機について上記のような嘘をついているのであれば当然理由があるはずです。
 常識的に考えて、真犯人が動機について嘘をつくとすれば情状酌量を期待してのことでしょう。しかし袴田さんの場合、子供2人を含む4人が殺害されている事件の重大性を考えれば、変転後の「母親と子供の3人で暮らすアパートを借りる金が欲しかった」という動機と、変転前の不倫がらみの動機とで、情状面で大きな違いがあるとは思えず、袴田さんが動機についてそのような嘘をつくメリットは何もありません。つまり、動機に関する袴田さんの自白は、心理学的に説明のつかない不合理・不自然な変転を含んでおり、にわかに信用することはできないのです。

 袴田さんの自白には動機以外の点(凶器の入手方法・侵入方法・殺害順序など)でも多くの変転が見られます。裁判所は最終的に9・9検察官調書だけを証拠採用したため、こうした自白内容の変転に関する詳細な検討を怠っていますが、自白の信用性を判断する場合には、9・9検察官調書だけを個別に検討するのではなく、証拠から排除された他の44通の自白調書との関連で総合的に検討することが不可欠です。そのため弁護団は第1次再審請求審で、供述分析の専門家である浜田寿美男花園大教授(当時)に、袴田さんの全ての自白調書の詳細な分析を依頼し、作成された鑑定書を新証拠として裁判所に提出しました。もちろん浜田鑑定書でも9・9検察官調書の信用性は疑問視されています。

(2) 語られない「5点の衣類」
 警察が袴田さん逮捕に踏み切ったのは、7月4日に行なわれた従業員寮などの家宅捜索で袴田さんの部屋の押入れから押収した袴田さんのパジャマから、袴田さんのB型血液とは違うA型・AB型血液と、放火に使われたとされる混合油と同じ成分の油が検出されたとする鑑定結果を得たからでした。そして警察はその鑑定結果を袴田さんに突きつけ執拗に自白を迫り、袴田さんがパジャマを着て犯行に及んだとする自白調書を作成したのです。もちろん9・9検察官調書でも犯行着衣はパジャマとされていました。
 ところが、事件から1年2か月後に味噌製造工場内で「5点の衣類」が突如として発見されたため、検察は犯行着衣をパジャマから「5点の衣類」に変更したのです。しかし、袴田さんの自白調書全45通には「5点の衣類」に関する供述は一切出てきません。もし袴田さんが犯行を全面的に自白したのであれば、犯行の計画性・残忍性や情状面に何の影響も与えない犯行着衣について嘘をつく理由は全くありません。
 「5点の衣類」について何も書かれていない9・9検察官調書の信用性を認めた確定判決の認定は受け入れられるものではありません。

(3) 無知の暴露
 自白の信用性を判断する場合に重要視されるのが「秘密の暴露」の有無です。もし真犯人だけが知っている事実について供述しているのであれば、それは「秘密の暴露」があったとされ、供述した人物が真犯人であることの証明になるので、自白の信用性は当然認められることになるでしょう。しかし、袴田さんの自白には「秘密の暴露」と言えるようなものは全くありません。逆に「無知の暴露」と呼ばれるものが存在するのです。
 「無知の暴露」とは、真犯人であれば必ず知っている事実について無知であることが供述内容から明らかになることです。通常取調官は捜査で明らかになった客観的事実との整合性を確認しながら自白調書を作成しますが、自白調書の作成時には判明していなかった事実が後に明らかになった場合や、確認作業の甘さから、真犯人が自白したものとは考えられない供述が自白調書に含まれていることがあります。つまり、自白調書に「無知の暴露」が存在する場合、供述した人物の無実が証明されることになるのです。
 では、袴田さんの自白に「無知の暴露」は存在するのでしょうか。
 上記浜田鑑定書によれば、袴田さんの自白には「無知の暴露」が数多く存在していることが指摘されています。
 例えば現金を奪った状況について、袴田さんは当初専務の奥さんから甚吉袋を投げつけられ、それをそのまま奪ったと供述していました。しかし、客観的な状況からすると、実際に奪われたのは甚吉袋そのものではなく、その中にあった8個の布小袋のうちの1個に入っていた現金でなければ説明がつかないのです。9・9検察官調書ではこの点は訂正されていますが、動機の変転と同様に袴田さんが現金の強奪状況について嘘をつかなければならない理由は全く無い上、記憶違いをすることも考えられません。その他、次女の殺害場所についても重大な「無知の暴露」が存在するとされており、この点からも9・9検察官調書の信用性を認めることはできません。
 しかし、第1次再審請求を棄却した静岡地裁(鈴木勝利裁判長)は、浜田鑑定書について「本鑑定人が『無知の暴露』というところのものも、結局は、請求人の自白調書中、事実と食い違っている供述を取り出し、これを真犯人の嘘と解すると、本鑑定人にとって理解しえないというものにすぎない。」と述べ、供述心理学に基づく専門家による分析結果を単に個人的な見解に過ぎないとして一顧だにしませんでした。

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